過去世を思い出す意義について

僕のケイ素セミナーからライフコードの講義を受けているなおみちゃんから、以下のメッセージを貰いました。

私たぶん過去生のなかに、ネイティブインディアン…アメリカ先住民…開拓民…?北アメリカあたり…?に生きていた事があるのではないかと思います。

映像として思い出したということではないのですが、いくつかのサインでその事をお知らせされているような…ことが続いた時がありました。

それはなんというか、私の生き方の核にあるようなそんな気がしています。

おそらく彼女に沸いて出て来たイメージは、その通りだと思います。

ケイ素を飲んで、ライフコードで教える瞑想やトレーニングをしていたら、必要な人には過去世の記憶が蘇ってきます。

但し、過去世の記憶が全ての人に蘇ってくるか、といえばそうではありません。その過去世の記憶が今に必要な人のみ、蘇ってくるということです。

魂が顕在意識に送り出してくる過去世のデータは、今をよくする為のものであり、まだその準備が出来ていなかったり、そのデータを受け入れる事が出来ない意識レベルの人であれば魂は過去世のデータを表面化しません。

全く上手く出来ています。

その人が過去世を思い出す理由は、今を生きる指針をハッキリさせる事が目的です。

例えば、僕と親しいソンミちゃんは、やはり過去世で一緒でした。彼女ともアメリカのネイティブインディアン時代、僕の妹でした。

そういう過去世での縁がある人とは、出会ってすぐに当時の感覚が蘇ってきます。

ソンミちゃんと出会った時も、彼女に対してとても親しみと同時に身内みたいな愛情が蘇ってきました。

その感情を紐解くと、彼女とは過去世で僕の妹だということが分かりました。

そして彼女は、今世で「気づき」を得るために、重篤な皮膚病に掛かりました。そしてその気づきによって、病気は克服するわけですが、そのサポートには僕が必要だったという事です。

僕が教える瞑想や自己ヒーリングによって、病気の根本的改善が行われたので、病気は完治したのでしょう。

彼女とはそういう約束(ライフコード)を持って、今世でも出会ったのです。

過去世からの縁を知れば、自分がする行為の理由がはっきり分かりますので、生きやすくなります。

僕は映画が好きです。

好きな映画の中に「太陽がいっぱい」というフランス映画があります。

フランスの巨匠ルネ・クレマン監督で、アラン・ドロンを一躍有名にした映画です。

映画のストーリーは貧しいアラン・ドロンが金持ちの友人を殺害して、その本人に成りすますというサスペンス映画です。


表面的には全編サスペンス映画なのですが、これは見ようによっては同性愛というサブテーマが隠されています。ほとんどの人は気が付きませんが。

それは殺人で使う道具にも現れています。鈍器であったり、鋭いナイフであったりするのは性的な描写を現わしている、とも解釈出来ます。

そういう見る目があると、不評だと言われる映画にも全てどこか面白みを感じます。それは人が気が付ない部分も、読み取れるからです。

人生の中で過去世を知る、というのはこのような映画のサブテーマを読み取るおもしろさに通じると思います。

過去世は知らなくても十分この世を生きていきます。

しかし、過去世を知ればその過去の点と現在の点とを結ぶことが出来ますので、生きる方向性が明確になります。自分の「使命」を知るということです。

生きる事がよりパワフルで、充実感と自信を得れるという事です。

ライフコードというセミナーは、まだまだ導入部の講義なので、本当はこんな部分までお話出来たら、と思っています。

参考にしてください(^^)

感想をくれたなおみちゃん、ありがとう。

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