プロローグ

自己紹介からはじまるプロローグ

僕は1961年神戸で生まれ、神戸で育ちました。生粋の神戸っ子です。

若い頃進駐軍に勤めていた親父の影響で幼少の頃からアメリカ映画をよく(強制的)見せられました。時にはそれは試験前であっても「これはいい映画だから見ろ」と言われ、TVの前に座らされたこともあります。子供心に明日の試験の事を考えて、いい迷惑だと内心不貞腐れていたものでした。

しかし小学校時代から観ていた外国映画は、その後僕に思いもよらぬほど大きな影響を与えるとはこの頃は夢にも思いませんでした。中学の頃になると自ら好きな映画は三宮や元町の映画館に出向き一人でも観るようになっていました。

高校は神戸の進学校でした。学年の90%以上は進学を希望し大学へ進みます。当然僕もそんな道へ進むのだろうと進学のための勉強を普通にしていました。高校3年の時、受験勉強で近くの図書館で勉強していた時です。その時に何を思ったのか「オレは映画監督にならないといけない」と突然そんな思いが強烈に起こったのでした。

まあそれまでは映画は好きだでしたが、何も映画監督になろうと思うほどでもありませんでした。ところが夏の暑い最中、勉強していると雷鳴のように頭の中にそんな考えが飛来したのでした。

自分でも一時的な事だと思っていましたが、時間経過と共にその想いは覚めることはありませんでした。そして僕が取った道は、シナリオライターになるため大阪にある脚本家の養成所に通うことでした。

友人のほとんどは受験し、志す大学が決まった者は大学に次々と進学していきました。僕は受験などする気は消え失せていたので、高校在学中からすでにシナリオライターになるための養成所に通い出していました。

学友たちは突然進路を変えた僕を完全に変人扱いしていましたね。

養成所は2年間基礎を学ぶ本科があり、その後は研究科という処でさらに実技を習得する技術を学びました。僕はとにかく何でもよいので現場で仕事がしたかったのです。しかし脚本家というのは調理師みたいな人の紹介で「あそこで働くか」みたいに簡単にはいきません。

養成所は夜学であり、通うにも費用が必要だった為昼間は先輩が紹介してくれたホテルで働いていました。ホテルの飲食部門でのサービスです。実は僕はこの世で一番成りたくない職業に「ウエイター」があったのです。しかし現実にはその一番成りたくないウエイターを昼間の仕事としていたわけです。なぜ一番成りたい職に就けず、一番成りたくないと思っている仕事をしないといけないのだ。当時、僕は焦りと共にそれをずっと思っていました。後にこの世の「見えない仕組み」が理解出来た時、その謎は解けることになるのですが、まだ二十歳過ぎの僕には全然理解出来ませんでした。

ホテル勤務というのは長時間拘束です。朝9時出勤で終わりは9時くらいの12時間拘束です。勤務時間が長い分休憩時間は昼食1時間、夕食1時間、途中休憩1時間ほどあります。養成所の講師から「時間があるなら本を読め」と言われていたので、休憩時間中はほとんど喫茶店で読書に耽っていました。

ある日、読書のための読む本を本屋で物色していた時、書棚の中に「信念は必ず実現する」というタイトルの本を見つけました。著書は東海大学の教授の名前で聞いたことも無い人でした。立ち読みでパラパラ見た内容は、人間は強い信念を抱けば自分がイメージすることは必ず実現する、みたいな事が書かれていました。今でいう「引き寄せの法則」のような内容でしたが、その当時はまだ「引き寄せの法則」という言葉も無かった時代です。

「そんな思うだけで現実になるなら、苦労はしないよ」

と立ち読みで読むほどにそう思いましたが、本屋を出る時にはその本を購入して小脇に抱えていました。書かれている内容は「思考は現実化する」のナポレオン・ヒルや今で言う「引き寄せの法則」本じみた内容だったと思います。しかし、その筆者である教授の文章が異様に熱があり情熱を持って書いているということは伝わってきました。

当時は早く今のサービス業から足を洗い、自分が目指す創作の道へと入りたいと思う一念でした。藁をもすがる思いもあり、その本に書かれている内容を忠実に実行してみました。(内心は半信半疑の処も多かったと思う)

しかし、その本を買って1ヵ月後くらいだったと思います。僕の状況に驚くような変化が起きたのです。僕は嫌々していたサービスの仕事を辞め、商業劇場の演出部に入れていたのです!

そお、望む仕事に就けたのです。

いきなり舞台監督として、東京、名古屋、大阪にある劇場で俳優や大物歌手が座長となる座長公演に付いて回る仕事がはじまりました。どうしてもやりたいと望んでいた世界だけに、見る事体験することがすべて刺激的であり月日が経つのさえ忘れるほどでした。

ある公演に大俳優の丹波哲郎さん(故人)が配役として出る公演がありました。僕は丹波哲郎さんには、とてもかわいがって貰いました。なぜ丹波さんによくして貰ったかと言えば、生前TVなどでもみなさんご存知の通り丹波さんは「あの世からの宣伝大使」という肩書があったのを覚えている方もいるのではないでしょうか。

そして実は平素もあの通りで「あの世はあるのだ~」と、一般の人には訳の分からぬことばかり大層に大真面目に言う人でした。そういう事を平気で話してくるので、他のスタッフはなかなか話が合わない。ところが僕は不思議なことが大好きだったので、丹波さんのいう事がわかり会話が出来ました。「お~、きみはなかなか若いのに話がわかるな~」ということで、終演後にはよく食事にも呼ばれることが多くありました。

「ウシオダくんはなぜこの世界に入った?」

と不意打ちを喰らった格好で、いきなり丹波さんに聞かれ「昔から外国映画が好きで・・・」と話しながら、フトこの世界に入れたきっかを思い出そうとしました。そうだ、自分の進むべき道へなかなか入ることが出来ない時、あの本を読んだのが原因かもしれない。僕はあまり過去を振り返ることはしないので、やっとあの時の不思議な展開のことを思い出しました。

「信念は必ず実現する」

半信半疑で読んだ本の内容を、そう言えば実践していたっけ。そうすると自分が望む現実となった。しばし考えれば、全くの偶然か、それともあの本に書かれていたメソッドが本当のものだったのか。

正直僕にはその答えがわかりませんでした。

確かにあの本を読むまでは八方塞がりのような状態で、自分のやりたい事が出来ない状態で焦り絶望感も若干ありました。しかし、どう考えても打破しようのない状態が嘘のように好転した。

僕は押入れの中からその時読んだあの本を探し出しました。当時一度だけ読んだだけだったので、再度読み直してみることにしました。そして、それに関連する書籍を次々と読むようになりました。果てはビジネス書から、スピリチャルな本、その中で紹介されているヒーラーとかチャネラーという人たちも会いに行きました。

この三次元の世の中は確かに目に見えるモノで出来ている。しかし、その反面「目には見えないけど確かにあるもの」も存在している。それは「運」とか「縁」とか「チャンス」とか「心」とかいうものもそうです。そしてその目には見えないシステムみたいなものに、実は目に見える世界が動かされているのではないか。

僕はそういうモノに急激に興味を覚えていきました。そしてその仕組みがどうしても知りたいと思うようになりました。なぜならその仕組みをきちんと知ることで、以前僕が体験したように、自分の願う事思うことが実現したらこんないい事はない。そう思ったからでした。

 

 

見えない真理を探す旅

僕は世の中にきっとあるはずの「見えない仕組み」探しをはじめました。

見えない世界を説いていると言えば、まずは宗教を思い浮かべます。僕はそれから様々な宗教の現場にも行きました。当時はまだオーム真理教の大事件が起こる前ですので、駅前でも若者を立ち止まらせる勧誘行為が行われていました。

僕はそういう勧誘者を見つけたら自ら「ボクを勧誘して欲しい」と勧誘者に申し出たりしていました。そう言われた勧誘者は驚いていましたけどね。

厚木山の山頂の寺に籠って座禅をしたり、導師が着る御衣を着て山を歩き回ったこともあります。訳のわからないチャネラーにも会い、どう見ても怪しいとしか思えない霊感を持つという人にも数えきれないほど会いました。

しかし、、、

何年も探し回りましたが、僕が求めた答えはどこにもありませんでした。

半分諦めの心境になった時、僕は「瞑想」というものをインターネットで見つけました。瞑想という言葉は、本の中などで聞いたことはありますが、詳しくは知りませんでした。ただその言葉を知っているというくらいでした。東京で「瞑想」を教えているという人のホームページを見つけて、そこに書かれている瞑想についてみたいなものを読み漁りました。

ひょっとして僕が探しているものは、この「瞑想」をすることで見つけることが出来るのかもしれない。と思ったらすぐに僕はメールでそのホームページを管理している瞑想の講師へメールを出しました。

習うにも神戸と東京なので距離的に物理的な問題があります。定期的にその東京の瞑想の先生とメールだけはしていました。するとある日、その先生からのメールで「この度神戸にも瞑想を教える講師が誕生しました」との知らせがありました。

僕はすぐさまその神戸で瞑想を教えることになった先生を訪ねました。それは12月の雪が降る寒い夜だったのを覚えています。その瞑想の教師になったばかりの先生は、まだ二十代の若いかわいい女性の先生でした。僕が生徒になりたい旨を伝えると「わたしでいいの?」みたいに言われたのを今でも覚えています。

それをきっかけにして僕の瞑想ははじまり、今でも続けているということです。

その若いかわいい先生からは、瞑想はもちろんスピリチャルな事の多くも学びました。そしてその瞑想の先生から、とあるチャネラーを紹介して貰いました。チャネラーという種族の人には、これまで嫌という程会っており、そして失念することがあまりにも多かったので、紹介してくれると言われた時も正直言ってあまり嬉しくは思いませんでした。

僕が当時「過去世」と「輪廻転生」という仕組みに興味を持っていたのを知り、その瞑想の先生はそのチャネラーを紹介してくれたのでした。まあ、先生に言われたことなので取り敢えずそのチャネラーを訪ねることになりました。

しかしいざ会ってチャネリングをして貰ったら、実際のところ僕は驚きました。そしてこの人はおそらく「本物」であろう、とも思いました。そのチャネラーはこちらが持参した人の顔写真を見て、その人の過去世と僕の関係性を言い当てます。それは少しの考えもなく、まるでそこに書いているかのように具体的に言うのです。

僕はこれまで自称チャネラーという人種を多く見ているので、その時もその人がどの程度の事をいうのかということで、ダミーの写真も何枚か仕込んでいたのでした。しかしそういう僕とはあまり関係性の無い人は「道ですれ違ったくらいでしょう」といい、やはり今世でも関りの深い人は、思い当たる過去世をリーディングします。

僕はそれもきっかけとして益々「過去世」「輪廻転生」などの仕組みを学び、自分なりの体系を持つようになりました。

人生のシナリオ

過去世と聞けば多くの人は「なんか知るのが怖い」とか「とっても不思議」くらいにしか思ってない事でしょう。そして過去世という言葉はなんとなく知っている、そういう事もあるのかな、くらいの認識かもしれません。

でも僕の「この世の見えないシステム」を探求する中で得たことは、人は思っている以上に過去世の影響を受けている、ということです。それは趣味、嗜好、習慣、好みの味、そして恋愛対象となる異性の好みなんかにも色濃く影響を残しています。

あなたにもし好きな人がいれば、なぜその人を好きになったのか、と聞かれてもおそらく明確な動機ということは自分自身でも正直なところ分からないと思います。いくつかの理由を挙げよと言われれば、挙げられるかもしれませんが、それは「好きになった」という感情を後付けで理性が考えて自分が納得するように考え出されたものです。

正直言うと「だって好きになったんだもん」と、奥底から湧いてくる感情だけのことだと思います。

この理性では理由の付けられない感情、つまり自分ではコントール出来ないメッセージというのが、すごく重要なんです。

感情は魂が伝えるバロメーター、指針、方向性なんです。コンパスがどんな状況にしろ、必ず南北を示すみたいに自分の方向性を示すものです。

輪廻転生は複数の魂が集まり、生まれ変わりを繰り返します。そして今世に生まれる前に仲の良い魂のグループで今世のシナリオ(設計図)を作ります。これがライフコード(人生の暗号)というものです。

そしてシナリオの中で決められた魂が出会うタイミングも決められて実際出会います。この出会った時にその相手が「自分に意味ある人」と理解するために必要なのが、感情というコンパスです。

「なんか素敵」「惹かれる」「馬が合う」「気が合う」「話が通じる」「初対面とは思えない」など直感で感じます。そしてその湧き上がってくる感情でその人に惹かれるという現象が、魂にあるライフコードからのメッセージなわけです。

そして事前にシナリオで決めてきた相手(魂)と出会い、様々な体験をするということです。体験はこの世で自分自身で作った「気づき」「成長」を得るために必要なイベントです。

そのイベントは何も楽しいことばかりではありません。時にはケンカもして、殺してやりたいと思うような関係性が生まれることもあります。もしそんなイベントであったとしても、それはその魂同士で予め決められたシナリオであり、その憎しみ合う関係性の中で自分が足りない「気づき」を得るために必要として用意されたことなのです。

ドラマは役者が演じます。

映画やRV番組のドラマはあるストーリーに基づき色々な役者がその物語の中で、エピソードを進めていきます。

ドラマには当然主人公がいます。そしてその主人にはドラマを展開する上での試練が降り掛かります。それでも主人公はその数々の試練、ピンチを乗り越えて物語を進めていきます。この主人公に対抗するキャラクターは悪役です。そしてその悪役と戦い、主人は打ち勝ちながら物語のエンディングへと向かいます。

人生の主人公は当然あなたです。そして人生でも実際に色々な難題やピンチとなる状況が起こります。実際「嫌だなぁ」と思う人も数多く登場してくるでしょう。

でもそれら人生で出会うあなたの敵役は、映画やTVのドラマに出て来る悪役と同じで「その役を演じている」だけなのです。

人生のシナリオは「ライフコード(人生の暗号)」です。

悪役を買って出てくれた魂たちも、実は生まれる前に今世というドラマを演じる中で、予め役柄をお互い決めて今世に出て来てきて、そのライフコードの筋を演じているに過ぎないのです。

僕はこの目に見えないシステムに気付いた時、それまでどうしても許すことが出来ない人、常に憎んでいた人たちを心から許すことが出来ました。

そしてそういう悪役を敢えて買って出てくれている人達に、心から感謝さえ出来るようにもなりました。

そうすると今世で出会う人達を「嫌いになる」ことが無くなります。

これがライフコードというメソッドを習得する、一つ目の大きなメリットです。

ライフコードとは

ライフコードは僕が自分の為に自然と創っていたメソッドとテクニックです。最初から創ることを目的にしたのではなく、自分が19歳の時に描いた数々の夢を実現するにはどうしたらよいか、ということを考え抜いて出来た心の技術です。

自分自身が見つけたこの世の「真理」というものを土台に、自分で実践して上手くいったテクニックを集大成したものです。

それを本業のセミナー中で少し話したところ、きちんと教えて欲しいという強い要望がありましたので体系化したものです。

よって、最初はその体系化したものには当然名前すらなかったので(必要がなかった)特定した呼び名が必要でした。その結果「ライフコード(人生の暗号)」という名前を付けました。

そしてセミナー開催の要望があった場合のみ、主宰者となる方にお膳立てをして貰って、今では開催する僕がしているセミナーでも一番マニアックなセミナーとなっています。

ライフコードというメソッド(考え方)は、すべての人に必要なものでは無いと僕は思っています。無くても十分に今世を生きていけます。

でも、このメソッドを知って理解して活用出来れば、人生すべてを楽しむことが出来て、自分の周囲からは嫌いな人が居なくなり、自分が描くイメージを実現化し、充実した人生を送れるとても便利な道具だと僕自身は思っています。

当初はいくら良いと思うメソッドであり、自分自身では結果が出てるけど「はて、これって汎用性ってあるのか?」と思っていました。(これが積極的にセミナーなど行わなかった理由です)

でも、セミナーで教えた人の中から「潜在意識の不具合な原因となる過去世を思い出すことが出来た」とか「過去世から来ていた肉体的疾患が治った」とか「嫌だと心底思っていた人との関係性がわかり、相手を許すことが出来た」とか「ネガティブな性格が治った」など、僕が教えるセミナーに参加した人達が色んな事が改善されたというフィードバックを頂いていることで、ライフコードというテクニックが僕以外の人に活用出来るんだと分かってきて、教える僕自身も今では少し楽しくなってきたところです。

ライフコードというメソッドとテクニックは、まだ完成されたものではありませんし、完成出来るものでもないと思っています。

世の中の目に見えない仕組みなんて、今世で肉体を持って修行している僕ら凡人になんて、けっして悟れるものでは無いと思っているからです。

でも、けっして完成出来ないものの完成を目指していく、という処にも果てしない魅力も感じています。

長くなりましたが、これで僕の自己紹介を終わります。

けっして言い尽くせた感はありませんが、それはその都度綴っているブログ記事の中からでもお伝え出来ればと思っています。

それでは、最後までお読み頂きありがとうございました。

牛王田雅章

追伸

ライフコードという名前を商標登録して頂いた福島みどりさんに心より感謝を送ります。